百人一首今昔
2001.1.15



子供の頃のお正月、楽しい思い出といえば何と言っても家族で火花を散らした百人一首だ。何歳から始めたかは記憶にないが、5人兄弟姉妹の末子だった私は、もの心ついた時にはもうかるたを始めていた。姉達に言わせれば、3、4歳の頃からやっていたようだ。

読み手はいつも父だった。毎年暮れになると、「そろそろ、今年もやろうか」という父の言葉に始まり、お正月明けまで夕食後の1〜2時間をかるた遊びに熱中したものだ。私のイメージする「家族」の原点は、7人家族で囲んでいた楕円形の大きなちゃぶ台と百人一首に興じた日々かも知れない。

お正月になると年始の客が多く、父にかるたの読み手をしてもらうことがなかなかできない。それが大いに不満だった私達は、ある年「さあ、やろう」という時に訪れた客に「なると」というあだ名をつけたりした。どうやら、お雑煮に入っていたなると巻がみんな嫌いだったらしい・・。その後、何十年か我家ではそのお客のことを「なると」と呼んでいた。何と失礼なことを!

5人の兄弟姉妹と母で取り手は6人だったが、兄達は独立したりで段々メンバーからはずれ、母は私が12歳の時に亡くなってしまった。最後までかるたに火花を散らしたのは3姉妹だけになったが、20歳ぐらいまではやっていたように思う。力のピークは中学生時代で、あとは平行線をたどったようだ。3姉妹の実力はほぼ互角だった。

というようにかるた歴は長いが、家でやっていたのは、100枚をばらばらに並べ自由に取るやり方、または「源平」といって2チームに分かれ50枚ずつを持ち、相手チームのを取った時は自チームの札を1枚相手にあげ、早くなくなった方が勝ちというやり方だった。いわゆる競技かるたの経験はないので、そういう人達にはとても対抗できなかったと思う。

とはいえ、かるた取りは私達にとっては優雅な遊びというより、一種のスポーツであった。最も反射神経を要求される瞬間でもあり、ぞくぞくするような緊張感が心地よく、集中力が養われたように思う。
ちなみに歌の意味などは相当大きくなるまで知らなかった。というよりどうでもよかった。今でも知らないのがたくさんある。大学受験の頃、古文の勉強にと百人一首を暗記している人がいたが、「ああ、そういうものか・・」と思ったことがある。ちなみに百人一首が受験に役に立ったという記憶はない。

やがて私達姉妹も結婚独立し、父も亡くなり何年かの間百人一首も忘れられていた。次にまた身近かになったのは、娘が小学生の頃だ。ちょうど家でも百人一首をやり始めた頃、娘のクラスでよくかるた会(勝ち抜き戦)が開かれ、彼女も相当熱中した。夫に読み手になってもらい、家でも娘と二人で真剣勝負を楽しむことになる。娘には「お母さんは、百人一首の時だけは本気になるね」と言われた。(えっ? いつも本気なんだけどな・・。)

百人一首は子供でも大人でも楽しめる古くて新しい遊びだと思う。しかし、核家族化、少子化で家族の人数が減った今、家で遊べる機会が少なくなってはいる。まず読み手に一人取られてしまうのは痛いが、この点についてはランダムに読んでくれるCDもあるので利用するとよいだろう。十数年前初めてこれが発売された時、我家でも早速購入した。

その他ネットを探すと諸々の百人一首ゲームが存在する。あまりゲームを試してみたことはないが、練習にはいいかも知れない。百人一首情報は予想以上にたくさんあるので、そのうちゆっくり眺めてみたいし参加もしてみたい。一つだけリンクをあげておこう。

   かるたネットワーク

ところで、我家の百人一首グッズを一つご紹介しよう。右の写真は2000ピースの「百人一首ジグソーパズル」(約100×75 cm)である。これは姉からのプレゼントで、一昨年のお正月に家族で組み立てたが、これが思いの外大変で(というか、長く楽しめたというか…)、完成までに2週間以上かかった。我家ではジグソーパズルは、箱の蓋に画かれている出来上りの絵を見ないで作るという伝統(?)があるが、さすがにこの時は途中から箱を引っぱり出した覚えがある。この年は十分アナログな(?)お正月を楽しんだ。今はパネルに入っているが、糊づけしてあるわけではないので、遊びたい方がいらっしゃればお貸ししたい。

百人一首は父の思い出にもしばしば登場する。父はよく不眠に悩まされたようだが、そういう時は百人一首を「あ」から順番に唱えたそうだ。百枚全部言ってしまってもまだ寝られなくて、今度は「わ」から逆順に言ってみたとか・・。

私もひと頃寝つきの悪い時期があったので、思い出してこれをやっていた。「あ」が17枚、「い」が何枚・・と順番に唱えて百枚近くまできて、あと1枚どうしても思い出せない・・。もう一度最初から・・、などとやっているとますます寝られなくなったりした。昨今は、深夜パソコンに向かっていると眠くてたまらない。お蔭で寝つきは非常によいようだ。ある時、百人一首を唱えていたら「あ」のうちに眠ってしまった。

一人静  
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